わたしは22歳のあるとき、いきなりゲシュタルト崩壊に襲われた。頭の中に文字のイメージが浮かび上がり、それが解体されていくのを見た。
翌日、新聞記事を読もうとしたところ、二文字しか認識できていないことに気づいた。
今でこそ、ディスレクシア(読字障害)の症状とわかるが、当時はそんなこと知る由もなかった。それからのわたしはほとんど文字が読めない状態で数年間を過ごすこととなった。
25歳のとき、急に右腕が左腕を斬りたい衝動に襲われた。いわゆるリストカットの衝動であった。数時間耐えたが、衝動が収まらず、キッチンに行って包丁を手にして、左腕を切った。
だが、左腕の傷が浅い状態で踏ん張って、包丁をまな板にぶっ刺して、気を逸らすことには成功した。
これを機に、このままでは駄目だと思い、自律神経を整えれば抑えられるのではと考えたわたしは、瞑想をすることを思いつき、座禅をはじめた。
それから二か月後のことである。
心のわたしは自然の風景を眺めていた。
それは草木が一本も生えていない荒廃した山が連なっている麓の景色だった。
山間には清流が穏やかに流れており、奇麗だった。
だが、生き物の気配がない。
探してみると、ようやく濡れた石に一匹の虫が留まっているのを見つけることができた。
虫が左側の中の足を動かすと、なぜか虫がその足を動かしたか、理由が理解できる。
不思議な感覚だった。
そして、他にも生き物はいないかと空を見上げると、一羽の鳥が飛んでいるのが見えた。
鳥がなぜその方角へ向かって飛んでいるのか、その心がわかる。
そうして、もう一度全景を眺めたあと、意識的に風景を閉ざすように目を開き、(美しい)と思った。
その途端、意識の奥から強い感覚がやってきて、何事かと耐えていると、意識の下から『悟り』という言葉が浮かんできた。
『悟り』が発動してしまっていたのだ。
わたしは何も悟ってはいないじぶんを自覚していたため、(悟っていない)と強く抗った。
だが、耐え続けて出た結果は『悟りを開いた』であった。
悟りを開いたのち、わたしの目は今まで見ているものと、まったく違ったものに見えている状態に陥った。
数日間、それに悩まされたが、やがて落ち着き、元の普段の生活に戻ることができた。
わたしは宗教的なことには何も関心がなかったため、そのまま一般人のままでいることにした。
座禅は習慣化していて、そのまま続けていたが、26歳のときに、また不思議な光景を見ることとなった。
それは空に浮かんだ二つの雲のように見えるものだった。
わたしはなぜかその雲のようなものが『概念』であると理解していた。
心の腕を伸ばして、その概念を動かせることに気づいたが、そのまま浮かんだままの状態の方がいいような気がして、そのままにした。
すると、二つの概念がじぶんの胸に仕舞われて、胸に二つの物のある感覚が残ってしまった。その状態が、こののち2年半ほど続くこととなった。この後、わたしは固定観念にとらわれない性格に変わっていた。
この頃になるとディスレクシアの症状は緩和していて、ある程度の文字なら読めるようになっていた。
新聞などの文章では駄目でも、詩なら読めるのでは、と考えたわたしは近くの図書館へ赴き、適当に田村隆一の詩集をとって、読んでみた。
高校時代、教科書に載っている中原中也の詩が全く理解できていなかったわたしが、田村隆一の書いた詩の内容をイメージできてしまっていた。
田村隆一の詩を漁るように読んだ後、同時代の詩人数名の詩も読んでみたが、読解できているのには驚いた。
彼らの美しい詩を読んでいるうちに、じぶんでも詩が書きたいと思うようになった。
そして、詩のコミュニティサイトに詩をはじめて投稿した。その内容は稚拙だったが平易な詩だったので感想がけっこうついた。
後日、改めてじぶんの詩を見てみると、言葉のまわりに薄い稜線がついていることに気づいた。おそらく、これもディスレクシアか何かの影響と思われるが、わたしはこれに興味を持ち、よりはっきりと稜線がでないものか、いろいろ見ていくうちに、ひらがなにその特徴がよく出ていることに気づいた。
そこでじぶんはひらがな詩を書くことに決めた。
じぶんがひらがな詩を書くと、その言葉はにじみがでて、その周りに稜線がくっついて、雲のフランスパンのようになっていた。
そして、言葉にキラキラした粒子状のものがオーラのように出ていて美しかった。これは後にわかることだが、言葉の微細なニュアンスが視覚的に視えているものであった。
わたしはじぶんでも気づかないうちにまったく新しい詩の形を創ってしまっていた。
ただそれが他の人にも視えるものなのか、気になって、言葉がにじむ話を何人かのネット詩人に話してみたが、まったく信じてもらえなかった。
結局のところ、これはわたしにしか視えない詩であった。
そんな中、いえろ~という女性のネット詩人がじぶんの弟子になると声をかけてきた。
冗談だろうと思い、ふつうに友達付き合いすることにしたが、その詩人の詩を見てみると、彼女の詩にも粒子状のオーラがある程度でていることに気づいた。粒子状のオーラのように視えるものは、相当意識を集中しないと書けないもので、わたしには彼女がかなりの書き手であるように思えた。
わたしの場合、読める文字数が少ないせいで意識を集中しないと読み書きが難しい条件下で書いて、視えているものなので、そういった制約のない人物にできているのには驚くしかなかった。
そして、粒子状のオーラが出せる詩人がもう1人現れた。nanaという詩人であった。
彼女とはすぐ交流するようになり、毎日長い時間を話したり、詩人のサイトに詩を投稿したりするようになった。
言い忘れていたが、詩のコミュニティチャットにはじめて入ったとき、こどもこどもした話し方で喋ってしまったがために、成り行きで幼児っぽいキャラクターを演じ続けることになっていた。それでは精神的に疲れてしまうので、ふつうの青年でいるときは変名を使って他の詩人と対話していた。たとえば、『アルプスの少女オンジ』という変名を使っていて、じぶんと同一人物であることを相手にバラしたときには、相手に驚かれた。そのチャットの場にはnanaもいた。
nanaと話すようになってだいぶ経ったころ、nanaがじぶんは小悪魔であるとかエゴが好きという話を言うようになっていた。これは彼女が親しい人に対して自然に悪意を持ってしまう性質の兆候だった。そうとは知らないまま彼女の会話に振り回されていくうちに、わたしの脳と心は疲弊していった。
彼女は、じつはじぶんは天邪鬼な体質だと何度か打ち明けてきて、その言葉を使っていいか、尋ねてきたので、いいよと答えてしまった。
これが間違いの元であった。
彼女はわたしの長所をほめたり好意的である旨の長文とともに悪意のある単語をひとつだけまぜて書いてきた。
それを見たわたしは、まだ文の上の方を眺めているだけだったのに、急に視界がぼやけて、下の方へ集中線が走っているのが視えた。その先にあったのは、視界の最下にあった天邪鬼な言葉=悪意ある単語であった。その単語の周りには真っ黒な粒子状のオーラが見たこともないような広さで拡がっていた。
そして、その単語に意識を吸い取られるような感覚をおぼえて、気づけば心を感じる胸の部分がスカスカになっているのに気づいた。わたしは心が壊れて嫌悪感情を制御できない状態に陥っていた。
この仕組み自体は簡単なことで、悪意の単語が彼女の言いたかったことすべて、つまり真意で、それ以外の大部分は心のこもっていない虚飾された言葉、ただの言い訳でしかなかったことを、わたしの脳が瞬時に理解して反応してしまったことによるものだった。
それでわたしは彼女に「死ね」と書いてしまった。
彼女はすぐに謝ってことは済んだかに思えたが、そうではなかった。
彼女はひとつ前の状態になったコミュニケーションの文を送ってきたが、わたしの嫌悪感情が反応してしまい、心の制御する部分を素通りして、また「死ね」と書き、彼女が謝り、それを繰り返し行っているうちにどんどん悪化してしまって、とうとう彼女の心は虚無に落ち、人が変わったように冷たくなった。
今度はわたしが心が壊れたまま謝ることになったが、彼女は絶対に許さないと返すばかりで、わたしが何度謝っても許さなかった。
わたしは仲が良かったころの感情がまだ残っていて引きずっていたせいで、ことはよりこじれたが、彼女が通信を拒否して強制的に関係が終わった。
その後、別の親しかった女性詩人の踏切つやこから、わたしをいじめる計画がチャットで進んでいると報告を受けた。実際に行ってみたところ、あまり関係値のない詩人三人と上原レイというそれなりに関係値のある詩人とnanaがいた。わたしはいじめ計画の事実関係を確認後、コミュティサイトの副管理人に報告したところ、彼らはコミュティサイトから退散した。
それからもわたしの状態は戻らず、いろいろあって、わたしは発狂に近い状態になっていた。
わたしは精神科に通い、一年余り自主的に謹慎していたが、状態が良くなったので復帰した。
だが、そのコミュニティサイトのオフ会に参加したところ、催眠術師が身分を隠してわたしに接近し、後から遅れてくる詩人を見たら悪口をいうという催眠術をかけた。
わたしがその詩人に対して言った言葉は悪口ではなく皮肉だった。
じぶんからしたらこれが精一杯の悪口であった。相手の反応は薄かった。
その後もオフ会に参加し、つやこに左腕をまくられて、まじまじと見られた。
傷跡がなくなっていたので、リストカット経験がないと勘違いされた。つやこは催眠術師側のスパイだった。おそらくつやこは催眠術師側にわたしが虚言癖であると伝えたものと考えられる。
つやこは前回のオフ会であなたに悪口を言われた遅れてきた詩人に謝る気はないのか、彼女が嘆いていたという旨の文を送ってきたこともあった。
わたしは自身は知らなかったが嘘判別できる共感覚者だった。
わたしの嘘判別が反応して、つやこの言葉をスルーした。
そのため、つやこはわたしが謝らない性格であると催眠術師に伝えたものと考えられる。
わたしは以降も催眠術師側につけ狙われる身となった。
催眠術師の一人は身分を隠してわたしに接近し、巧みな話術でわたしは催眠術師と仲良くなってしまった。
彼はyandiまたはやんでぃと名乗っていた。
彼はわたしを孤立させる目的でわたしを心配してくれた女性詩人と肉体関係を結んだ。最初の性被害者が出てしまった。
そして時折わたしに催眠術をかけ質問して、わたしに妄想があると触れ回った。
当時、わたしは上原レイがわたしに催眠術をかけたと思い込んでいた。
最初に催眠術をかけられたとき、催眠術師に上原レイのテーブルの向かいに座るよう指示されて座って催眠術にかけられた結果、そう思い込んでいたのだが、これを妄想と言っていいかどうか、正直無理があるような気がしている。
やんでぃは居酒屋に上原レイを呼び、わたしにその向かいに座らせた後、目の前にあるコンピュータをいじりたくなると催眠術をかけた。わたしは一通りコンピュータをいじった後、やんでぃにどうだったか聞かれ、何かがおかしいと感じ、無言のままその場を立ち去った。
また、遠い親戚に金持ちがいて豪勢な和風庭園の家に住んでいるという事実の話も妄想であると触れ回られていた。
そのときわたしは催眠状態にかけられていて、彼の話が間違っていても何もできない状態にさせられていた。
わたしはついに今回の催眠術制裁を受けるに至る十年後に発動する催眠術にかけられた。当時わたしは精神科に通院しておらず、妄想が出ているのに精神科に通っていないダメな人間であると判定されて政府からGOサインが出てしまっていた。
催眠術の様子は、前方に初老の痩せた男性が立ち、催眠術の内容をいい、わたしの後ろで肩に手を置いている中年男性が聞こえるか聞こえないかの小声で喋りかけていた。実際に催眠術をかけているのは後ろの中年男性で、前方の男性の言っている通りか、そうでないか、判別できないようにしていた。
その中で、オオカミとトカゲと鬼が同時に現れるとなんたらかんたら、と指示しているのを覚えている。
そして数年前その催眠術が発動し、わたしは精神的に追い詰められて、葛飾橋病院という精神病院に通うようになった。
担当医から統合失調症の薬との説明は受けないでエビリファイという薬の注射を受けていたが、エビリファイとは全然違う副作用が出ていた。
まず、散策していると、いつの間にか右足と右手が同時に出る。左足と左手も同様に出る現象に悩まされた。
次に、じぶんの舌が次第に肥大化していくのに気づいた。
これらはエビリファイにはない副作用で、後々気づくことになるが、まったく別の薬を盛られていた可能性がある。
何年か耐えたが活舌が完全に死に、父の勧めもあって別の病院、慈恵医大葛飾医療センターに転院した。
そこでわたしは統合失調症の薬を抜いた状態で処方された。
これは政府が制裁をするかどうかの判断材料のひとつで精神科医の罠だったと思われる。
時期を同じくしてわたしは「ストグラ」という配信者向けのゲーム実況を観るようになっていた。何人かの配信を見ていくうちに次第に宙星ぱるの配信を集中的に観るようになった。
そして、その配信内容を話題にする「好き嫌い掲示板」に出入りするようになった。
そこで宙星ぱる本人と思われる人と二回ほど議論したが、相手から無意味にわたしに対する優越感がとまらないような特徴的な文を送られていた。2024年二月中旬の催眠術による制裁後の三月ごろにそれについて考える機会があり、そこで洗脳によるものとの分析がでた。
わたしは頭がぼーっとする現象下に陥ったときに好き嫌い示板が変わってそれに似せた掲示板の形式をとる心理テストを受けさせられていた。
そこでわたしは語順問題で正答を出したが、急に語順を変えたい気持ちがわいてきた。だが、わたしの心は抵抗した。そして抵抗したままの状態で手が勝手に動いて語順を書き換えてしまった。これは正答をすると誤答に変えるよう催眠術が仕掛けられたものだった。
わたしは不合格判定とされ政府からGOサインが出てしまった。
配信で鬼のお面を被ったファン太という配信者とオオカミのお面を被った宙星ぱる、そしてトカゲのお面を被ったジャイケル・マクソンという配信者が同じ画面内に同時に現れた。
これは先の催眠術の内容を知っていないとできないことで、彼らが今回催眠術による制裁をかけるに至る中心人物であることを示していた。
具体的には、ジャイケル・マクソンが催眠術師本人で実行役、宙星ぱるが引き付け役、ファン太がその環境を用意する配信者側のリーダーであった。
わたしは三度に分けられた催眠術を食らい、二週間程度催眠術の制裁を受ける羽目になった。その中でわたしは宙星ぱるがジャイケル・マクソンと結婚していて、じつは二人目の性被害者であることを知った。
催眠術での制裁内容は出鱈目そのものだった。わたしのことを勘違いした人間性を問うたり、事実関係と異なるものを再度経験させられたり、といったものが幾つも見られた。これはnanaが虚偽申告をしてないとそうはならないものであった。
つまり、わたしは本来制裁を受けるべき人の非該当者であった。
一次目の制裁が終わった後、まだ催眠術が続いていた。それはわたしが超感覚者かどうか調べるものであった。結論を言えば、やらされたものを含め、すべての超感覚の項目に思い当たる節がある。
項目を以下に並べてみる。
直感 未来視 過去視 千里眼・幽体離脱 こころ読み 探知・分析
google検索 質問項目 超感覚一覧 2015年7月
幽体離脱は第三者視点からじぶんを正確にイメージできる技術のことで、実際に幽体が離脱しているわけではないことを記しておく。
これらはすべて超感覚で得た微細なニュアンスをベクトル計算し、算出された理詰めの技術群で超能力といったオカルトものとはまったくの別物である。
このうち普段からやっていたものは、直感、未来視、探知・分析の三つで、これらが常態でのわたしの能力で、他は何らかの条件に達しないとできないものである。
催眠術下でやらされたのはこころ読みで、例の中心メンバーに心の設計図の特徴に問題があるのが見つかった。それはのちに述べるカルトと親和性の高いものであった。
超感覚の実験が終わった後、二次目の制裁が行われた。
それはわたしが精神未熟児であることを前提としたもので、まず概念の固着化が行われた。赤い太陽、青い月という言葉であった。
先に述べた通り、実際には瞑想による技術獲得の結果のものが、ただの勘違いで奪われた。
次に、成長しろという強い意識の言葉とともに、わたしの精神年齢は逆に若返った。
催眠術師が20代程度に設定したのだろう。精神未熟児と間違えた結果であった。
彼らが精神未熟児と固執したのは、統合失調症をすでに発症していると心が幼くなるからであるが、実際にはnanaによる悪意ある言葉に飲まれた突発性の発症と考えられる。よく調べずに固定観念にとらわれて決めつける傾向のある催眠術であった。
催眠術が終わった後、慈恵医大葛飾医療センターの精神科医に催眠術師とわたししか知らない嘘判別についての質問を投げたら、ものの見事に引っかかって、担当医もわたしが嘘判別できることについて知っていることが判明した。催眠術師とグルであることが確定した。
このため、嘘判別の情報は担当医に譲るかわりに、超感覚の情報はすべて秘匿した。
また、父が携帯電話に出た後、催眠術にかけられたこともあった。もう自動車には数年運転していないのにもかかわらず、じぶんが運転すると言ってきかなくなった。わたしが反論しても笑って無視する。その光景はわたしが数十年ともにしてはじめて見る態度であった。父はわたしが反論すると怒り気味にやりかえすのが通例だったので、すぐに催眠術の影響であることに気づいた。
父は催眠術師と接触したことがないため、催眠術は対象者に触れていないとかからないという話が嘘であることもわかった。実際には洗脳と催眠術を駆使すれば解けてしまうのだろう。
わたしは当初、催眠術による制裁が終わったことで、心の整理をつけて再出発するつもりであったが、三月の頃から、超感覚上のわたしが彼らの不正や悪行について意識にのぼらせてきていて、心のわたしも、じぶんがそれでよくても同じく催眠術のモルモットとして犠牲になった人たちや女性の被害者を放置してよいのか考えさせてきていた。
私の考えが動いた。じぶんは死んでもかまわないから、この重大な人権侵害に発展する問題を解決に向けて動くと。
そして、彼らの正体について分析にかけたところカルトであるとの結果が出た。
カルトが起こしている重大な人権侵害問題について、わたしは日本政府を告発する予定でいる。
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